静岡地方裁判所沼津支部 昭和54年(手ワ)76号 判決 1981年9月01日
原告 東京商券株式会社
右代表者代表取締役 大塚公平
右訴訟代理人弁護士 水嶋晃
同 水嶋幸子
被告 小山幸隆
被告 特種製紙株式会社
右代表者代表取締役 三田仁
右両名訴訟代理人弁護士 信部高雄
同 大崎勲
主文
一 被告小山幸隆は原告に対し、金二億六九〇〇万円及び内金一億円に対する昭和五四年九月一八日以降、金一億円に対する昭和五四年一〇月一八日以降、金六九〇〇万円に対する昭和五六年二月五日以降各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 被告小山幸隆は原告に対し、金七八〇万八二一九円を支払え。
三 原告の、被告特種製紙株式会社に対する請求を棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告小山幸隆との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告小山幸隆の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告特種製紙株式会社との間においては全部原告の負担とする。
五 この判決の第一、二項は金一億円の担保をたてたときは仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の求める裁判《省略》
第二当事者双方の主張
一 請求の原因《省略》
二 請求の原因に対する答弁《省略》
三 抗弁
(被告小山関係)《省略》
(被告会社関係)
1 本件手形保証は偽造された被告会社のゴム印、印顆を使用することによって偽造されたものであるから無効である。
2 仮に本件手形保証が偽造によるものでないとしても、右保証には被告会社の取締役会の承認が必要なところ、右承認はなされていず、原告はこのことを知悉していながら本件各手形を取得したものであるから、被告会社は右保証の無効を原告に主張することができる。
四 抗弁に対する認否《省略》
五 再抗弁
仮に被告会社の手形保証が偽造であるとしても、被告会社は昭和五四年八月一四日右手形保証を追認した。
六 再抗弁に対する認否《省略》
七 再々抗弁
1 仮に追認がなされたとしても右追認行為は原告の強迫によりなされたものであるから昭和五四年一一月二〇日の本件口頭弁論期日にこれを取消した。
2 仮に1が認められないとしても、右手形保証を追認する行為にも取締会の承認が必要なところ、右承認はなされていず、原告はこのことを知っていながら、被告小山に追認をさせたものであるから被告会社は右追認の無効を原告に主張できる。
八 再々抗弁に対する認否《省略》
第三証拠《省略》
理由
一 被告小山が本件各手形を訴外新秀土地観光株式会社あて振出したことは当事者間に争いがなく、原告が本件各手形を各支払期日に支払場所に支払いのため呈示したところ、支払いを拒絶されたことは《証拠省略》によってこれを認めることができる(この点につき本件各手形中別紙約束手形目録(一)の手形については当事者間に争いがない。)。
二 《証拠省略》によれば、本件各手形には第一裏書人欄前記新秀土地観光株式会社、第二裏書人欄松隅孝雄(第一、第二被裏書人欄いずれも白地)と連続した裏書の記載があることが認められ、原告が本件各手形を現に所持していることは本件口頭弁論期日に《証拠省略》を提出したことによりこれを認めることができる。
三 請求原因第4項の事実は原告の自認するところである。
四 そこで被告らの抗弁について判断する。
《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。
被告会社は、静岡県駿東郡長泉町本宿五〇一番地に本社工場を、岐阜市内に岐阜工場を置き情報産業関係のコンピューター関係用紙、手形・小切手等の有価証券用紙等の製造販売をその目的とする株式会社である。
被告小山は昭和九年被告会社に入社し、同四七年に代表取締役に就任し、本件事件当時もその地位にあったものである。
ところで、被告小山は被告会社をさらに発展させたいものと考え、つねづね新鋭機械設備の導入等を計画していたが、この計画は莫大な資金を要し、かつ、リスクが大きいので、そのための有利な資金の獲得に苦慮していたところ、昭和五三年五月ころ大口の外国資金の融資が無利息で受けられるという話を聞知し、これを契機として以後この話に群がる多数の金融ブローカーと接触するようになり、生来の人のよさもあって彼らの巧みな弁舌に乗せられて次第に右融資話を現実的なものと信じたるに至り、次第に深みにはいっていった。
一方、訴外矢野あさは外国資金の融資話が金融ブローカーの間に流布しているのを知り、自己の体験からかかる資金が存在しないことを知りながら、右のような話を利用して、独自にスイス資金と称する巨額資金の融資話を創設して、融資依頼者があればこれを欺罔して金員等を詐取しようとしていたところ、昭和五四年三月中旬ころ、被告小山が前記のとおり金融ブローカーと接触をもち融資を受けたがっていることを聞知し、日本経営コンサルタント協会員と称して前記状態にあった被告小山に接近し、「スイスから日本に持込まれている資金をスイス銀行東京支店が京浜急行に一兆円融資することになっている。その枠の中から特種製紙の分として近く一〇〇〇億円の融資を受けられるようにあっせんしてあげるがそのうち八〇〇億円は銀行に四〇年間定期預金したり国債を購入したり、手数料などに必要なので特種製紙としては正味二〇〇億円が使えることになる。もっとも元利は銀行預金の利子で支払えることになるので二〇〇億円は返さなくてもよいことになる。」などとことばたくみに甘い話を持ちかけた。
他方、訴外松隅孝雄、渡辺正利及び吉田重信は前記のとおり被告小山が外国資金の融資を求めていることを聞知するや、外国資金が現実に存在しないことを知りながら、右融資のあっせんをすると称して、その運動費名下に手形を詐取しようと企てたが、すでに矢野が被告小山に接近していることを知り、同人と組むことが得策であると判断した。
その結果、矢野と松隅、渡辺及び吉田(以下矢野らという。)は訴外大和田を介して共謀のうえ被告小山から外国資金融資あっせんのための運動費名下に第一相互銀行を舞台にして多額の手形を詐取しようと企てるに至った。
そして、矢野らは右外国資金融資話が真実であるように見せかけるため、かねて右融資までのつなぎとして融資が受けられる旨申向けていた第一相互銀行の頭取である松隅の父親松隅秀雄を被告小山に紹介するなどして、同人をして融資話をますます信用させたうえで、同年四月二日ころ、都内野村ビル二九階日本興商株式会社応接室において、矢野らにおいてかわるがわる「大口融資はまもなく実現する。ついてはその運動資金が三億円ほど必要である。松隅が第一相互銀行に三億円の手形を担保に入れて金をつくるから、五〇〇〇万円の手形六通を切ってもらいたい。二〇〇億円もの大口融資が出るのだから三億円はその中から返せばよいのであって微々たるものである。」などと虚構の事実を申し向けて、被告小山をその旨誤信させ、その場で同人から同人振出にかかる受取人を新秀土地株式会社、支払期日を昭和五四年一〇月一五日、金額を各五〇〇〇万円とする約束手形六通を騙取した。
松隅は右約束手形六通を割引に出したがなかなか割れず、そのうち市中の金融業者が右各手形に関し、被告会社に照会するなどしたため、被告小山は右各手形が約束に反し市中に出回っているのではないかと不安を抱くようになった。
そこで、矢野らは、右各手形を一旦回収して被告小山を安心させたうえで、外国資金の融資あっせんのための運動費名下にあらためて額面一億円の手形三通を同人から詐取しようと共謀し、矢野、渡辺が被告小山のもとにおもむき右手形三通を詐取することになった。
矢野は同月一五日松隅から受取った前記約束手形六通を携え、自己の秘書役と称する金融ブローカー村上一夫を伴い、渡辺とともに被告会社本社を訪れ、役員会議室において、矢野が被告に対し、前記約束手形六通を返還し、右各手形が振出当時のままであり、市中に出回ったことはなく、同人の心配が杞憂にすぎなかったことを強調し同人を安心させたうえ、渡辺ともども、二〇〇億円の融資をあっせんする意思も見込みもないのに、これあるように装い、「ところで例の大口融資の件についてはどうしても運動費がかかる。今一所懸命運動しているので間もなく融資が実現する。松隅が第一相互銀行に手形を担保に入れて運動費をつくるので、あらためて額面一億円の手形三通を振出してもらいたい。」などと虚構の事実を申向け、被告小山をしてその旨誤信させ、その場で被告小山から同人が振出人として署名した本件各約束手形三通を詐取し、翌一六日ころ、都内丸の内ホテルにおいて矢野から、本件各手形の名宛人である訴外新秀土地観光株式会社の代表取締役である松隅がこれを受領した。
一方、本件各手形詐取にさきだち、矢野らは、訴外安藤正利、髙橋弘行を介して、金融業者である原告に右手形の割引方を依頼していたが、被告小山の資産状態を調査した原告から、被告小山個人の手形は割れない、被告会社がその手形に保証してくれるなら割引いてもよいと伝えられたため、矢野らは従前から被告小山から被告会社の手形を振出すことを拒絶されていたため、対策に苦慮した挙句、矢野らにおいて被告会社の手形保証を偽造することを企てるに至った。
そして、原告から、現金の授受は被告会社代表者である被告小山の面前で行なう旨告げられていたため、矢野が同月一八日被告小山に対し、「明日三億円の手形が現金になる。利息と手数料を引いて二億五〇〇〇万円になるが、これを第一相互銀行の人が特種製紙に持ってゆく。」旨連絡したうえ、翌一九日矢野らにおいて被告会社岐阜工場におもむき、別途現金を持参した原告から同月一七日預けていた本件各手形三通を受取った上、同月一三日に都内新興美術印刷に作成依頼し、偽造をとげていた被告会社代表取締役印及び「静岡県駿東郡長泉町本宿五〇一番地特種製紙株式会社代表取締役小山幸隆」なるゴム印を利用して同工場第二応接室において本件各手形上に被告会社の手形保証を偽造したほか甲第五号証を偽造し、右手形保証につき取締役全員異議なく承諾した旨記載した偽造の取締役会議事録(甲第六号証)に情を知らない被告小山をして内容を検討する余裕を与えないまま署名押印させたうえ、これらの書面を原告に交付し、同日長良川ホテルにおいて原告から二億五〇〇〇万円の現金の交付を受けた。
以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
ところで、詐欺による各手形上の意思表示の取消は手形の善意取得の問題ではなく、悪意の手形取得者に対する人的抗弁事由として問題になるにすぎないと解するべきである(最高裁昭和二五年二月一〇日判決民集四巻二三頁参照)。
そこで、被告小山の手形詐取の抗弁につき検討すると、なるほど前記認定事実によれば、被告小山が矢野らによって欺罔され、本件手形を振出したことは明らかである。
しかしながら、原告が本件各手形取得時である昭和五四年四月一九日当時に右詐欺の事実につき悪意であったことについてはこれを認めるに足りる証拠が不十分である。
なるほど、前記認定事実によれば被告小山が本件手形振出しに先だって振出した額面各五〇〇〇万円の約束手形六通の場合には市中の金融会社が被告会社に照会をなしているにもかかわらず、前掲原告代表者、被告小山各本人尋問の結果によれば、原告は本件各手形に関して、その巨額な金額にも拘らず事前に何の照会もしていないし、被告会社岐阜工場に赴いたさいにも被告小山にその振出しの動機等につき説明を求めることはいとも容易であるにも拘らず、ほとんど会話らしい会話をしていないことが認められるのであって、手形の性質につ精通しているはずの金融業者としては不自然と思われる態度がみうけられないわけではないが、これらのみをもって原告の悪意を推認することはまだ早計といわねばならない。
よって、被告小山の手形詐取の抗弁は、詐欺による意思表示の取消がなされたか否かを判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。
次に、被告小山の抗弁中原告と被告小山は直接の当事者である旨の主張は前記認定事実に照し採用できない。
もっとも、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は被告会社及び被告小山との直接取引でなければ割引きは断わる旨供述しており、前記認定事実及びかつ、《証拠省略》によれば、原告代表者は被告会社に赴いて現金を交付しており、被告小山が領収書に署名していることが認められるので誤解を招きやすいが、一方、右各本人尋問の結果によれば、原告代表者の右言動は割引依頼人の支払能力よりは振出人、保証人の支払能力に着目してのものであり、かつ、振出人、保証人を確認するためのものであり、被告小山の領収書への署名も矢野に言われるまま無自覚のまま署名したことが認められるのであって、右署名も被告小山の主張を何ら裏付けるものではないから、いずれにしても右主張は採用できない。
次に被告会社の偽造の抗弁につき検討するのに、前記認定事実によれば、本件手形に対する被告会社の保証が矢野らによって偽造されたことは明らかである。
そこで、原告の再抗弁につき検討する。
《証拠省略》を総合すれば、原告代表者は本件各手形取得後、被告会社の保証が偽造によるものではないかと疑念を抱くに至り、同じく偽造されたことに気づいた被告小山に対し、本件手形のさしかえないしは手形金の全額の返還を強く迫ったため、困惑した被告小山はやむなく個人の資格で同年八月一五日までに本件各手形を買い取る旨約束をした。
ところが、被告小山は右約束の期限までに右買取資金を調達できないため、同年八月一四日都内赤坂東急ホテル三階喫茶室において被告小山の代理人である山田宗平、山崎喜一立会いの下に原告代表者、髙橋、安藤と面談し、期限の猶予を懇請したところ、原告代表者から「それなら本件各手形保証欄等に被告会社代表取締役として署名しろ。」等と迫られたため、困惑した被告小山はやむなく本件各手形の保証欄及び甲第五号証のさきに押捺してあった偽造の被告会社のゴム印及び代表取締役印の下段に「代表取締役小山幸隆」と署名したほか、すでに内容記載済の甲第九、一〇号証に代表取締役として署名するに至った。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右事実によれば、被告小山は被告会社代表取締役として本件手形上の被告会社の手形保証を追認したと認めるのが相当である。
そこで、被告会社の再々抗弁につき判断するに、右追認も無効な手形保証を有効なものにする意思表示である以上、代表取締役個人が振出した手形につきなされた偽造による会社の無効な手形保証を代表取締役として追認するときも取締役会の承認を要することは言をまたないところである。
そこで、これを本件につき検討すると、《証拠省略》を総合すると、被告小山の右追認行為に被告会社の取締役会の承認がなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
そして、前記認定事実によれば、被告小山と原告は右追認に関しては当事者であって原告は第三者の立場には立たないから、取締会の承認の不存在についての善意悪意に関りなく被告小山の右追認行為は無効といわなければならない。
以上によれば、原告の被告小山に対する請求は理由があるから認容し、被告会社に対する請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用につき民訴法第八九条、九二条を適用し、被告小山に対する仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して(事案に鑑み、金一億円の担保を提供させることが相当である。)主文のとおり判決する。
(裁判官 坂本重俊)
<以下省略>